大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)428号 判決

上告人

藤川年

右訴訟代理人

岡嵜格

外二名

被上告人

株式会社光映プロダクシヨン

右代表者代表取締役

高木一臣

右訴訟代理人

渡辺良夫

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岡嵜格、同野田満男、同木村真一の上告理由第二、第三について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 被上告人は、昭和四〇年一二月一八日ころ青少年教育福祉協会(以下「協会」という。)の常務理事を名乗る訴外(一審被告)片庭壬子夫との間で、協会を注文者、被上告人を請負人とし、教育映画「郷土の誘り」を代金二五〇万円(その後合意により二六〇万円に変更した。)をもつて製作する旨の請負契約を締結し、昭和四一年三月一四日ころ右映画を完成して片庭に引渡した、(2) 協会は、片庭が昭和三八年ころ身体障害青少年及び母子家庭等の不遇な家庭の子弟の教育及び福祉事業を行うことを目的として創設し、将来は法人組織とする計画で、東京都内に事務所を設置し、事務員一名を雇い、協会の会員の募集、会報の発行、事業の企画及び資金の調達などを行つていたが、いずれも見るべき成果がなく、昭和四一年六月ころ経営に破綻を来し、法人設立の手続をするまでに至らなかつたのみならず、権利能力なき社団又は財団としての実態を備えていなかつた、(3) 協会発足と同時に就任した名目的な理事長、会長も昭和四〇年春ころに辞任し、そのころ上告人が片庭に依頼されて協会の会長(理事長と称したこともある。)になることを承諾したが、これも名目だけで、上告人が協会の事業に実質的に関与することはなく、協会の対内的及び対外的事務はすべて片庭がこれを専行処理しており、上告人もこのことを承知していた、(4) 片庭は、本件映画製作に関する請負契約締結に至るまでの過程において、被上告人の代表者に対して、上告人を協会理事長として表示した協会の会報を渡すなどして協会の代表者は上告人であると説明し、また、契約書の作成にあたつては、その末尾に、協会の理事長として上告人の氏名を、専務理事として自己の氏名を記載し、各名下に上告人及び自己の印章を押捺した。このような事情から、被上告人は、上告人が協会の代表者であり、片庭は上告人に代わつて協会のために契約締結の権限を有するものと信じて右契約を締結した、(5) 上告人は、協会名義で教育映画を製作するとの企画について片庭から説明を受けていたが、協会の運営をすべて片庭に委せており、殊に片庭との間において協会の経理上の責任は片庭にあり、上告人には迷惑をかけないとの約束があつたので、被上告人との間の契約の内容及び請負代金の調達方法についても特別の関心を払うことなく、片庭より具体的な説明を受けることもしなかつた。しかしながら、上告人は、右映画に挿入すべき協会会長名義の挨拶文の文案を自ら作成し、また、右映画の製作及び宣伝の便宜をはかるため、自己の友人である熊本市長に宛てた紹介状を片庭に交付するなど、片庭の右映画製作の企画に協力した、というのである。原判決は、右のような事実を前提として、上告人は、民法の表見代理の規定及び商法二三条の規定の趣旨により被上告人に対し本件請負代金を支払う義務を負うとしている。

ところで、法人格を有しないことはもとより、権利能力なき社団又は財団としての実態をも有しない団体なるものの名目的な代表者となることを、その団体の事業を専行処理している甲に対して許諾したにすぎない乙は、甲が右団体名義をもつて第三者とした取引につき、たとえ右第三者が乙をその団体の代表者であると信じてした場合であつても、当該団体がほとんど団体たるの実態を備えておらず、したがつて、たまたま団体名義をもつて取引をするとはいうものの、その実質は乙と右第三者との取引に等しいものであることが行為者である甲と右第三者との間において明示的又は黙示的に了解されていたというような、特段の事情の認めるべきものがない限り、民法の表見代理に関する規定及び商法二三条の規定の趣旨に照らし、右取引についての責任を免れないものと解することは相当でない。けだし、右のような場合は、前記特段の事情の認めるべきものがない限り甲が乙を代理して行動したものといいえないばかりでなく、乙と甲との間に乙を本人とする基本代理権の授与ということは考えられないところであつて、民法の表見代理の規定を類推適用ないし準用すべき場合には当たらないし、また、取引は乙を一方の主体とするものではなく、団体なるものを主体としてされたものであり、たまたま乙が当該団体の代表者であると表示された結果第三者がそれを信じて行動したとしても、それは乙が代表者であるとされていることからくる当該団体に対する信頼に基づくものというにとどまり、乙自体に対する信頼に依拠してした乙との取引であるわけではなく、商法二三条に定める名板貸の責めを乙に負わせるのは、右規定の趣旨とするところをこえるものといわなければならないからである。

しかるに、原判決は、右のような特段の事情の有無について判示することなく、前記認定事実から直ちに、上告人について民法の表見代理の規定及び商法二三条の規定の類推適用を認め、被上告人の主位的請求を認容しているのであつて、原判決の右判断は、法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽の違法があるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。したがつて、さらに右特段の事情について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、その余の論旨についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顯 環昌一)

上告代理人岡嵜格、同野田満男、同木村眞一の上告理由

第一、〈略〉

第二、原判決には、理由不備または理由齟齬の違法があり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の事由がある。

一、原判決は、

(1) 協会は、法人格を有しないのみならず、権利能力なき社団または財団としての実態をも備えていたものとは認められない。

(2) 協会の対内的及び対外的事務処理は、すべて片庭が専行処理し、協会は専ら片庭の個人的活動に頼つていた。

(3) 安岡富吉の理事長就任及び松前重義の会長就任並びに、その後の上告人藤川の会長(また理事長)就任は、いずれも名目だけのものであつた。

と認定して、協会は実質的には片庭の個人企業である旨を認めておきながら、

二、原判決は、

(一)(1) 上告人は、たとえ名目だけにせよ、片庭に対し、会長または理事長就任を承諾し、

(2) かつ、片庭に協会の運営を一任していた、というべく、

(3) 従つて、上告人を代表者と信じた第三者に対して、

民法中の表見代理に関する規定及び商法第二三条の規定の趣旨に照らし、表見代表者としての責任を免れない。

と述べ、

(二) 更に、

(1) 上告人は、片庭の企画した本件映画製作の企画に賛成し、協会代表者名義で挨拶文案を作成するなどして、これに協力していた。

(2) 従つて、片庭の協会常務理事としての、本件契約締結を、片庭の無権代理行為による無効なものとはいえない。

(3) よつて、上告人は、表見代表者としての責任を負うべきである。

と述べている。

三、しかしながら、

(一) 本項前記二、(一)については、

(1) 片庭の個人企業ともいうべき協会の名目的会長に就任承諾したことが、何故に、「片庭に協会の運営を一任した」ことになるのか、

(2) また、上告人を協会の代表者と信じた第三者(営業主と誤信した訳ではない)に対して、何故に責任を負わねばならないのか、

(3) 更に、表見代表者としての責任とは、どういうものなのか、

等の点が、判決書からは一向に明らかでなく、

(二) また同項二、(二)については、

(1) 片庭の本件契約締結行為が、無権代理行為でないのであれば、当然に有権代理行為として、協会本人の責任問題として処理されるべきであるのに、本人の責任問題には何ら言及することなく、上告人につき表見代表者としての責任問題として処理したのは、何故なのか。

(2) また、「無権代理でない」ということと、「表見代表者(本人ではない)として責任を負う」ということとは、如何なる関係にあるのか、

が、明らかでない。

(三) 以上のとおり、原判決は、上告人についてただ表見代表者としての責任というのみであつて、何故に、上告人が債務を負担せねばならないのか、についての合理的な説明を欠き、理由不備または理由齟齬の違法がある。

第三、原判決には、民法上の表見代理及び法人、組合に関する規定ならびに商法第二三条の規定の解釈及び適用について、誤りがあり、かつ、採証法則の適用につき重大な誤解があつて、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、第一審が、協会の権利能力なき社団性を否定したうえで協会と上告人を同一視するという前提を採つても上告人の主張にかかる片庭の基本代理権が立証されなかつた故に、上告人の本人としての責任を否定したにもかかわらず、原審は、片庭における右基本代理権について何ら説示することなく、民法上の表見代理の規定の「趣旨」を援用したことは明らかに右諸規定の解釈を誤つたものである。

二、「協会が、専ら、片庭の個人的活動に頼り権利能力なき社団としての実態を備えていたものとは認められない」との一事をもつて、上告人と協会との財産的出捐の分担関係等具体的諸要件にふれることなく、本件債務の責任を上告人に負わせたことは、民法上の法人、組合等団体に関する規定の誤解であるばかりか、経験則上不合理といわざるを得ない。

三、さらに、商法第二三条にいわゆる名板貸責任とは、自己の氏名を使用して営業をなすことを他人に許諾した者が、自己を営業主と誤認して取引をなした者に対し、その取引によつて生じた債務につき、その他人と連帯して負うべき責任であると解されるところ、原判決は前記第二、においても触れたように、上告人が、協会の会長に就任することを承諾したことをもつて、これを上告人がその氏名を片庭個人の営業業実施のために同人に貸与したものと見、加えて被上告人において上告人を営業主と誤認したとの形跡は、第一審、原審を通じて認定されておらないのに、何らの説明もなしに被上告人が、上告人を協会代表者と信じたとして商法第二三条の「趣旨」を援用しているのは、同条についての誤解であるのみならず、採証法則上の重大な誤りが存するといわざるを得ない。

第四、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。〈以下略〉

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